リー代数と結合法則 #日曜数学

日曜数学 Advent Calendar 2019 - Adventar の8日目の記事です。

今年を振り返ると、いくつかの場所でリー代数の話をしてきました。

この記事でも、やはりリー代数の話をします。今回は初心に戻って、リー代数の定義を眺めてみたいと思います。

F-代数

まずは、F-代数の話からはじめます。

集合 A が体 F 上の代数(F-代数)であるとは、A が体 F 上のベクトル空間であり(つまり、加法とスカラー倍という2つの演算が与えられている)、さらに A 上に第3の演算である乗法が与えられていて、それが双線型写像になっていることです。

ここで、写像 \phi : A \times A \to A が双線型写像であるとは、次を満たすことです(ただし、\alpha\in Fx, y, z \in A)。

  • (A1) \phi(x+y,z) = \phi(x,z) + \phi(y,z)
  • (S1) \phi(\alpha x, z) = \alpha \phi(x, z)
  • (A2) \phi(z,x+y) = \phi(z,x) + \phi(z,y)
  • (S2) \phi(z, \alpha x) = \alpha \phi(z, x)

xy の積を xy と書くことにして、乗法が双線型写像であることの条件を改めて書くと以下のようになります。

  • (A1) (x+y)z = xz + yz
  • (S1) (\alpha x) z = \alpha (xz)
  • (A2) z(x+y) = zx + zy
  • (S2) z(\alpha x) = \alpha (zx)

いま、右から z をかける写像 \rho_z : x \mapsto xz を考えます。このとき、(A1) と (S1) は次のような条件となります。したがって、\rho_z線型写像です。

  • (A1) \rho_z(x+y) = \rho_z(x) + \rho_z(y)
  • (S1) \rho_z(\alpha x) = \alpha \rho_z(x)

同様に、左から z をかける写像 \lambda_z : x \mapsto zx を考えます。このとき、(A2) と (S2) は次のような条件となります。したがって、\lambda_z線型写像です。

  • (A2) \lambda_z(x+y) = \lambda_z(x) + \lambda_z(y)
  • (S2) \lambda_z(\alpha x) = \alpha \lambda_z(x)

こうして考えると、乗法が双線型であるという条件は、右からかける操作と左からかける操作が線型写像、すなわちベクトル空間としての代数構造を保つ、という要請です。一般に、ある代数構造に新しい演算を追加したときに、その演算がもとの代数構造の演算を保つことは代数学において基本的な条件といえます。つまり、F-代数の定義では、新しい演算を追加する際のもっとも基本的なことを要請しているわけです。

ところで、(A1) と (A2) は、加法と乗法についての分配法則に他なりません。つまり、分配法則はベクトル空間にとっての線型性であるわけです。分配法則は、代数構造を保つためのもっとも基本的な法則であると言っても良いでしょう。

F-代数の例としては、以下のものがあります。

  • F 係数の多項式の集合
  • F 成分の行列の集合

乗法の法則

上述の F-代数では、分配法則はあったもののそれはごく基本的な要請に過ぎず、乗法についてはそれ以上の条件が与えられていません。しかし、乗法について何らかの条件を与える場合が多いでしょう。

まずは、結合法則です。

  • (M1) x(yz) = (xy)z

演算を適用する順序を変えても結果が変わらないという条件です。数の乗法、多項式の乗法、行列の乗法、などは結合法則を満たしています。結合法則を満たさない身近な具体例はあまり多くない感じがします。なお、結合法則を満たさない演算としては、減算や冪乗があります。ただ、これらは双線型性も満たさないので、今回考えている演算とはやや違う感じです。

F-代数に条件 (M1) を追加したものを、F-結合代数と呼びます。スカラー倍を除いて加法と乗法だけを考えた場合、これは環になっています。

次に、単位的(単位元を持つ)という条件も考慮することが多いです。

  • (M2) 次を満たす e \in A が存在する:任意の x \in A に対して ex = xe = x

数の乗法、多項式の乗法、行列の乗法、などは単位元を持ちます。これも、単位元を持たない身近な具体例はあまり多くない感じがします。

F-結合代数に条件 (M2) を追加したものを、単位的な F-結合代数と呼びます。スカラー倍を除いて加法と乗法だけを考えた場合、これは単位的な環になっています。なお、結合代数や環の定義に、単位的であることを最初から条件に含める場合も多いです。

さらに、交換法則です。

  • (M3) xy = yx

かけ算の順序を入れかえても結果が変わらないという条件です。数の乗法、多項式の乗法、は交換法則を満たしています。一方、行列の乗法は交換法則を満たしません。

F-結合代数に条件 (M3) を追加したものを、F-可換代数と呼びます。スカラー倍を除いて加法と乗法だけを考えた場合、これは可換環になっています。

一般に乗法といえば、数の乗法、多項式の乗法、行列の乗法などの身近な具体例が挙げられることからも、(M1) (M2) (M3) のような条件を考えることが多いでしょう。

リー代数と乗法の法則

ここで、リー代数の定義を述べます。

F-代数の乗法が以下の条件を満たすとき、F-リー代数と呼びます。

  • (L1) xx = 0
  • (L2) x(yz) + y(zx) + z(xy) = 0

先ほど考えていた乗法とは、少々違う感じがあります。実のところ、この乗法は (M1) (M2) (M3) のいずれも満たしていません。

まずは、交換法則 (M3) から考えてみましょう。

リー代数は次を満たします。

  • (L1') xy = -yx

証明:双線型性から (x+y)(x+y) = xx + xy + yx + yy です。これに (L1) を使うと xy + yx = 0 であり、(L1') が成り立ちます。\Box

(L1') と交換法則 (M3) を見比べると、符号が異なっています。したがって、交換法則 (M3) は成り立たないことが分かりました(常に xy = 0 が成り立つ場合は除く)。

次に、結合法則 (M1) を考えてみましょう。

リー代数は次を満たします。

  • (L2') x(yz) = (xy)z + y(xz)

証明:(L2) から x(yz) = - z(xy) - y(zx) です。これに (L1') を使うと、x(yz) = (xy)z + y(xz) と変形でき、(L2') が成り立ちます。\Box

(L2') と結合法則 (M1) を見比べると、y(xz) という項が余分についていることが分かります。したがって、結合法則 (M1) は成り立たないことが分かりました(常に xy = 0 が成り立つ場合は除く)。

さらに、単位的 (M2) を考えてみましょう。

リー代数では次が成り立ちます。

  • 次を満たす e \in A は存在しない:任意の x \in A に対して ex = xe = x

証明:まず、常に xy = 0 が成り立つ場合を考えます。x \neq 0 のとき、どのような e \in A をとっても、ex = 0 \neq x であるため、条件を満たす e \in A は存在しません。

次に、xy \neq 0 となる xy がある場合を考えます。条件を満たす e \in A が存在すると仮定します。このとき、(L2') から e(xy) = (ex)y + x(ey) = xy + xy \neq xy となり、矛盾します。したがって、条件を満たす e \in A は存在しません。\Box

したがって、単位的 (M2) も成り立たないことが分かりました。

このように、リー代数の乗法では一般的な乗法で期待するような (M1) (M2) (M3) のような条件がどれも満たされないことが分かりました。このため、リー代数の乗法は一般的な乗法とは区別して、xy とは書かず [x,y] と書きます。呼び方も、乗法ではなくブラケット積と呼びます。

リー代数の例としては、以下のものがあります。

  • F 成分の行列の集合。ただし、ブラケット積は [x,y] := xy - yx で与える(xyyx は通常の行列の積)。
  • 3次元ユークリッド空間。ただし、ブラケット積はベクトルの外積で与える。

これらのブラケット積が双線型性と (L1) (L2) を満たすことは簡単に確かめることができますので、興味がある人はやってみてください。

結合法則の代替

結合法則が成り立たないというのは、少々面倒なことに思えます。

乗法を適用する順番をいちいち指定しなくてはいけないわけですから、3つの元のかけ算を xyz とは書けず、x(yz) とか (xy)z とか書かなくてはならないわけです。4つの元のかけ算であれば、w(x(yz))(wx)(yz)(w(xy))z、などがありえます。

まあ、約束ごととして、括弧を省略した場合は w(x(yz)) とみなす、などと取り決めることはできます。しかしそうしたところで、wxyz(wx)(yz) とは別の元である、といった事実から逃れられるわけではありません。

しかし、リー代数の場合、そう悲観したものでもありません。結合代数ほど簡単にはならないにしても、(L1) や (L2) の性質をうまく使うと、演算の順序を調整することは可能なのです。一般に、複数の元のブラケット積の項(例えば [w,[[x,y],z]] とか [[w,x],[y,z]] とか)が与えられたとき、うまく変形することで、[\ast,[\ast,[\dots,[\ast,\ast]]]] という形の項の線形結合で書くことができます。

ここでは、証明を与える代わりに、具体例を見てみることにします。

その前に、ひとつ便利な式を用意しておきたいと思います。(L2') を思い出してください。

  • (L2') [x,[y,z]] = [[x,y],z] + [y,[x,z]]

項を移行して、次のように書き直してみます。

  • (L2'') [[x,y],z] = [x,[y,z]] - [y,[x,z]]

この式は、[[\ast,\ast],\ast] という形の項を、[\ast,[\ast,\ast]] という形の項の線形結合に変える式です。

では、具体例に入ります。

3つの元のブラケット積については、(L2'') を使うまでもなく、(L1') [x,y] = -[y,x] を使うだけですみます。

  • [[x,y],z] = -[z,[x,y]][x,y]z の順番を (L1') で入れ替えた)

では4つの元のブラケット積ならばどうでしょうか。これも、ほとんどは (L1’) ですみます。

  • [w,[[x,y],z]] = -[w,[z,[x,y]]]
  • [[w,[x,y]],z] = -[z,[w,[x,y]]]
  • [[[w,x],y],z] = -[z,[[w,x],y]] = [z,[y,[w,x]]]

次のパターンでは、(L1') だけでは [\ast,[\ast,[\ast,\ast]]] の形にはできません。

  • [[w,x],[y,z]]

ここで (L2'') を使いましょう。見やすくするため、途中で u := [y,z] という置き換えを使って書きます。

  • [[w,x],[y,z]] = [[w,x],u] = [w,[x,u]] - [x,[w,u]] = [w,[x,[y,z]]] - [x,[w,[y,z]]]

このように、4つの元のブラケット積も [\ast,[\ast,[\ast,\ast]]] の形の線型結合で書けます。

ちゃんと証明するには、帰納法を使えば良いです(その前に、上記では証明すべき命題をあまりきちんとした形で述べていないので、それをきちんとするのが先でしょうが・・・)。

ともかく、ブラケット積の入れ子構造をそのまま議論する必要は必ずしもなく、[\ast,[\ast,[\dots,[\ast,\ast]]]] の形に直して議論することが可能である、という話をしました。

まとめ

リー代数のブラケット積は、代数構造を保つ基本である分配法則は満たすものの、一般的な乗法の法則(結合法則、単位的、交換法則)を満たさないことを述べました。しかし、結合法則が使えずとも、演算の順序について調整が可能であることを述べました。

少しでもリー代数に興味を持っていただければ幸いです。